東京高等裁判所 昭和45年(行ケ)109号 判決
一 本件の特許庁における手続の経緯、本願発明の特許請求の範囲、審決理由の要点が原告主張のとおりであること、引用例が本願優先権主張日前国内に頒布された刊行物であること、引用例に審決認定の記載があることは、当事者間に争いがない。
二 本願発明の構成当件が原告主張のとおりであり、その(ロ)の構成の「その外縁部が溶けずに保持されるように溶融し」とは、別紙図面Bに示すように、棒状半導体の上端面の断面が凹状になることを要する趣旨であること、その外縁部が溶融体5の滴下を防止するとともに、半導体材料からなる坩堝壁としての機能を営み、本願発明がこれによつて原告主張の効果を生ずることは、いずれも当事者間に争いがない。
三 引用例記載の発明が本願発明と同様に引上法によつて半導体単結晶棒を製造する方法であることは、当事者間に争いがないところ、引用例中審決が引用する「棒が引出される溶融溜21の寸法は珪素の塊17の断面積より少し小さく」との記載は、本願発明の溶融体7に相当する溶融溜21の直径が棒状半導体に相当する珪素17の直径より小さいことを示すものであることが明らかである。
ところで、引用例記載の溶融溜21が外周も内部もすべて液体であるとは被告の明らかに争わないところであり、本願発明の棒状半導体5の上端面のうち溶けずに残つた外縁部が溶融体7の滴下を防止し坩堝壁としての機能を営むことは,前述のとおり当事者間に争いがない。そうだとすると、引用例の前記記載が珪素塊17の上端面の溶融部の外周に溶けない部分が存在することを示唆すると認めるには、珪素塊17の上端面の断面が別紙図面Bに示すように凹状となることが引用例に示唆されていなければならない。ところが、成立に争いがない甲第六号証によれば、引用例の実施装置を示す図面には珪素塊17の上端面が断面凸状になつている状態が図示されていることが認められる。のみならず、引用例には珪素塊の上端面をその直径よりも内径の大きな集中コイルで加熱することが記載されていることは当事者間に争いがない。そうだとすると、このような加熱方法では内周よりも外周に近いほど多く加熱されることが明らかであるから引用例にはその記載の方法によつて半導体単結晶棒を引上げる場合には、珪素塊17の上端面の断面は凸状になることが示されていると認めるのが相当である(珪素塊17の上端面の断面が凹状にならないことは、当事者間に争いがない。)。
そうだとすると、引用例の前記記載が溶融部の外周に溶けない部分が存在することを示唆するとした審決の認定が誤りであることは明らかであり、本願発明の(ロ)の構成は引用例記載の発明だけからでは容易に推考できるものではないといわなければならない。
四 被告主張のスカル溶解の技術が本願優先権主張日前周知であつたことは、当事者間に争いがない。そして、本願発明の棒状半導体5の上端面のうち溶けずに残つた外縁部が半導体材料からなる坩堝としての機能を営むことは前述のとおりであるから、これはスカル溶解における溶融体と同一材質からなる溶融体保持壁(スカル)に相当するといえないことはない。しかし、本願発明では坩堝を使用せず、強制冷却の手段を必要としないことは弁論の全趣旨により明らかであるのに対し、スカル溶解では強制冷却された坩堝の使用が必要であるおは当事者間に争いがない。しかも、成立に争いがない甲第七号証の一、二、三によれば、スカル溶解はチタンを溶融して鋳物を製造するために発達した技術であることが認められるので、半導体材料(棒状半導体5)から半導体単結晶棒を連続的に引上げる方法に関する本願発明とは技術分野が異なるといわなければならない。
したがつて、本願発明は、被告主張の周知技術をあわせ考えても、容易に推考できるものとはいえない。
五 よつて、審決には以上のとおりその認定に誤りがあり、原告主張の違法があるといわなければならないから、原告の請求を正当として認容する。
一 特許庁における手続の経緯 原告(合併前の旧商号シーメンス・シユツケルトウエルケ・アクチエンゲゼルシヤフト)
は、一九六二年一二月一二日ドイツ国にした出題に基づき優先権を主張し、昭和三八年一二月一二日「半導体単結晶棒の製造方法」という名称の発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願したところ、昭和四〇年一月一二日拒絶査定を受けたので、同年五月一四日審判を請求した(同年審判第二六七一号)。特許庁はこれに対し昭和四五年六月八日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年七月八日原告に送達された(出訴期間三月附加)。
二 本願発明の特許請求の範囲
成長すべき棒直径の設定値よりも大きい直径を有する垂直に立てられた棒状半導体の上端面をその外縁部が溶けずに保持されるように溶融し、次いでこの溶融体中に種結晶を浸潰し、これをその設定直径になるような結晶成長速度で引上げることを特徴とする直径二五ミリメートル以上の半導体単結晶棒の製造方法
三 審決理由の要点
本願発明の要旨は、前項掲記の特許請求の範囲のとおりである。特許出願公告昭和三五年一一〇〇一号公報(以下「引用例」という。)には、結晶半導体の製造方法の発明が記載されている。その概要は、実質的に棒状の半導体の固体の上部に限られた一部分だけを溶融し、この溶融部分から単結晶棒を引上げて製造するというものであつて、引用例の二頁左欄二九行から三三行までには、「第3図に示す装置でできる棒の直径は色々な条件で制限される。その一つは、棒が引出される溶融溜21の寸法は珪素の塊17の断面積よりも少し小さく、後者の断面積は珪素やゲルマニウム溶融用の高周波電界が侵透する深さによつて制限されることである。」と記載されている。
そこで、本願発明と引用例記載の発明を対比してると、両者共引上法によつて半導体単結晶棒を製造する方法に関するものであるが、本願発明は、引上げるべき棒より大きい直径の棒状半導体の上端面をその外縁部が溶けずに保持されるように溶融することを主要な構成要件とし、これによつて直径二五ミリメートル以上の半導体単結晶棒を得るものである。これに対し、引用例記載の発明は、実質的に棒状の半導体固体の上部の限られた一部分を溶融して、この部分から引上げを行うというもので、その溶融の態様は種々示されている。特に前示の「棒が引出される溶融溜21の寸法は珪素の塊17の断面積よりも少し小さく」との記載は、溶融部の外周に溶けない部分が存在することを示唆するものである。 そして、引用例に例示されたものが珪素塊であるとはいえ、これを本願発明のような引上げられる半導体単結晶棒直径よりも大きい棒状半導体に置換することは、何らの発明力なく容易になし得ることと認められる。
よつて、本願発明は、優先権主張日前国内に頒布された刊行物である引用例記載の発明に基づき容易に発明できるものであるから、特許法第二九条第二項により特許を受けることができない。
四 審決を取消すべき事由
(一)引用例が本願優先権主張日前国内に頒布された刊行物であること、引用例に審決認定の記載があること、本願発明と引用例記載の発明がともに引上法によつて半導体単結晶棒を製造する方法であること、引用例に示された珪素塊を単結晶棒直径よりも大きい棒状半導体に置換することが容易であることは認める。しかし、本願発明の進歩性を否定した審決の判断は、以下に述べる理由により、違法であるから取消されるべきである。
(二)本願発明の構成要件は次のとおりである。
(イ)成長すべき棒の直径よりも大きい棒状半導体を垂直に立て、
(ロ)この棒状半導体の上端面を、その外縁部が溶けずに保持されるように溶融体をつくり、
(ハ)種結晶を溶融体中に浸潰して、設定直径になるような結晶速度で引上げる。
本願発明の(ロ)の構成の「その外縁部が溶けずに保持されるようにして溶融し」とは、別紙図面Bに示すとおり、棒状半導体5の上端面の外縁部を不溶のまま残し、その上端面の紙面が凹状になることを要する趣旨である。このため、本願発明の実施例では、電子線または熱線等を棒状半導体5の上面中央部に集中するか、加熱作用を集中化できるような水平誘導加熱コイルまたは円筒型コイルを使用して、棒状半導体5の上端面中央部をえぐるように溶融しているのであるそして、この不溶のまま残つた外縁部は、溶融体7の滴下を防止するとともに、半導体材料からなる坩堝壁としての機能を営み、本願発明はこれによつて二五ミリメートル以上の直径の半導体単結晶棒を製造できる効果を生ずるのである。
(三)これに対し、引用例中審決が引用した「棒が引出される溶融溜21の寸法は珪素の塊17の断面積より少し小さく」との記載は、別紙図面Aに示すとおり、本願発明の溶融体7に相当する溶融溜21の直径D1と棒状半導体5に相当する珪素塊17の直径D2とが、D1<D2の関係にあることを示すものに過ぎない。そして、溶融溜21は外周も内周もすべて液体であるから、もし珪素塊17の上端面の外周に溶けない部分が存在するならば、その断面は凹状でなければならない。しかし、引用例には、珪素塊17の上端面をその直径よりも内径の大きな集中コイルで加熱することが記載されており、このような加熱方法では内周より外周に近いほど多く加熱されるから、珪素塊17の上端面は断面が別紙図面Aに示すとおり凸状になり、凹状にはならないということが明らかである。
したがつて、引用例の前記記載が溶融部の外周に溶けない部分が存在することを示唆するとの審決の認定は誤りであり、本願発明の(ロ)の構成はこれから容易に推考できるものではない。
(四)被告主張のスカル溶解の技術が本願優先権主張日前周知であつたことは認める。しかし、スカル溶解では溶融体保持壁(スカル)のほかに強制冷却された坩堝の使用が必要であるから、坩堝を使用せず強制冷却の手段を要しない本願発明は、周知のスカル溶解の技術をあわせ考えても、容易に推考できるものではない。
別紙図面
B
A